【51対49の法則】魔が差すのはちょっとした心のスキマ

警察官

テレビのニュース番組を見れば犯罪などの暗いニュースが流れています。

レポーターの質問に対して「まさか〇〇さんが…」「犯罪を犯す人には思えなかった…」といった受け答えはよく見る映像ですよね。

犯罪を犯した人も、どこかのタイミングで魔が差して、小さな悪事に手を出し、そこからどんどんとエスカレートしていったんだと思います。

そうすると犯罪を犯すそもそもの分岐点は小さな悪事に手を出したタイミングでしょう。

「魔が差してしまって…」

本来は善人であるはずが、出来心で悪いことをしてしまう。

今回は、魔が差すちょっとした心のスキマを生じさせないことについてです。

51対49の法則

人の心は目に見えない。

そこが面白いところでもあり、難しいところでもありますよね。

もし人の心を覗けるとしたら、完全に「善」で埋め尽くされた心はなく、逆に完全な「悪」もないでしょう。

いくら善人と思われる人にも「悪」の部分は含まれているでしょうし、極悪人にも「善」の気持ちはあるはずです。

「善」と「悪」の両方を併せ持っていて、そのバランスが状況によって変化しているのでしょう。

それではどのタイミングで悪事に手を染めるかというと、「善」と「悪」のバランスが悪のほうに傾いたとき。

つまり、「善」:「悪」=49:51。

ほんの少し「悪」の割合が優勢になったときに悪いことをしてしまうわけです。

逆に「善」:「悪」=51:49のときはギリギリのところで踏みとどまっている状態。

悪事に手を染めるかどうかは、わずかこの2%の差です。

魔が差すとはよく言ったもので、魔はほんの小さな心のスキマを狙っています。

一度悪事に手を染めるとそこが悪事の新しい基準になるので、次回もまた同じようなことをやってしまいます。

そうやってギリギリの心理状態で悪事のレベルがエスカレートしてしまって、最終的には大きな罪を犯してしまうのです。

魔が差さないようにするためには日頃の善行

前述したように、犯罪を犯すそもそもの分岐点は小さな悪事に手を出したタイミングです。

もしそこで小さな悪事に手を出していなかったら、その後の展開は大きく変わって罪を犯すようなこともなかったでしょう。

ほんのわずかな心のスキマが人生に大きな影響を与えることになります。

そういった心のスキマを魔に与えないためには、常に「善」が優勢な状況を作り出す必要があります。

そのためにはどうするか?

一番手っ取り早くて効果的なのが日々の善行です。

・お年寄りや妊婦さんに席を譲る
・オフィスに落ちているゴミを拾う
・道に迷っている観光客を案内する
・元気に挨拶する
・感謝の気持ちを伝える
などなど。

心がけ次第で誰にでもできることを誰に誇るでもなく実行していく。

つまり陰徳ですね。

そうすることで心の中の「善」を優勢に保つことができます。

逆に、人が見ていないからといってコッソリ悪いことをすると、どんどん心の中は「悪」のほうに傾いていくことに。

そしてその延長線上に「まさかあの人が…」といったことがあります。

犯罪を犯さないために善行を積むといった話だとあまりワクワクしませんが、そもそも善行を積んだほうが人生の満足度も上がります。

より良く生きるために善行をする、そういったことです。

まとめ

今回は、魔が差すちょっとした心のスキマを生じさせないことについてでした。

テレビを騒がす大きな悪事も、最初のきっかけは小さな悪事に手を出すところから始まります。

その小さな悪事に手を出すのは、「善」:「悪」=49:51といった、「悪」が少し優勢になったときに心のスキマが生まれ魔が差すことが原因です。

ほんの僅かの心のバランスの崩れ。

そうならないためには、普段からの善行が大切になります。

人に自慢するわけでもなく毎日善行を行っている人と、人が見てないところでコッソリ悪いことをしている人だと、その先の未来は大きく違いそうですよね。

心がけ次第で誰にでもできる善行を積み重ねていくと、自然と人生の満足度も上がっていきます。

スポンサーリンク

警察官

夢のティッピングポイント

大人たちそれぞれが日本の元気に!
夢をもってカッコよく生きることの提案。
マツモトダイスケが描く未来


コメントを残す