自分には才能があるのか!?才能の見付け方

砂のお城




自分って才能があるの?

そう思ったことってないですか?

私は結構考えていた時期がありました。

だいたいのことはソコソコにこなすことができるけれども、何か突出しているものがない…自分の才能って何だろう??

多かれ少なかれ、多くの人が考えたことがあるのではないでしょうか。

才能ってやっぱりあったほうがいいですよね。

あって損なことはないですし、あったら誰かの役に立てますし。

今回は才能の見付け方についてです。

才能は自分にとっての当たり前

そもそも才能って何なんでしょうか?

色んな定義があると思いますが、才能とは「他人よりも秀でた能力」のことだと思います。

良くも悪くも他人との比べて、優れていたらそれが才能。

例えば、世界に自分しかいないとしたら比較対象がいないので他人よりも優れているといった判断もできず、才能もなにもないと思いますし。

では、どうやったら才能が見つかるか?

自分だけだと才能は見つけづらいです。

なぜかというと、才能は自分にとって「できて当たり前」のこと。

普通にできていることなので、それを才能とはなかなか気付きづらいです。

自分で気付きづらいなら、どうするかというと、他人に見付けてもらうことが大切。

他人からすると、その才能は「当たり前」ではないレベルなので目立ちます。

「◇◇さんの〇〇ってすごいね!!」

この〇〇があなたにとっての才能である可能性があります。

「許せないこと」が才能

自分がすごいと思ってない普通のことが、他の人から見たらすごい才能だったということです。

一度気付けばそれが才能と認識できますが、気付くまでは「えっ、これが才能なの?できて当たり前でしょ??」といった感じです。

才能を再定義すると、『他人に対して「なんでこんなこともできないの?」とキレたくなるもの』

自分からするとできて当たり前なので、他人ができないことがふざけているように見えて理解できないのです。

例えば私の場合は、データ分析や細部にこだわった仕事が得意です。

他の人が、数字からの読み取りが甘かったり細部が雑な仕事をしていると、「この人ってちゃんと準備してる?本気で仕事する気あるの??」と苛ついたりすることが多かったです。

けれども、実はこれが自分にとっての才能だと、後から人に言われて気付きました。

才能は「人に見つけてもらうもの」。そしてそれは『他人に対して「なんでこんなこともできないの?」とキレたくなるもの』の中にあることが多いです。

まとめ

今回は才能の見付け方についてでした。

自分ひとりだけだと、なかなか自分の才能に気づきにくいです。

なぜなら、自分にとってはできて当たり前だから。

だからこそ他の人に見付けてもらうことが才能を発見するための近道です。

けれども、案外才能って自分の身近にあるもの。

自分が当たり前にできるからこそ、他の人ができないとイラっとくるものです。

そういう意味では、才能に気付くということは人に対して優しくなれるということかもしれませんね。

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