人生のいろんな局面で誰かに「負けた…」って思う時はないですか?
一生懸命に取り組んでいたことで、誰かと差を感じた時に敗北感を感じることがあると思います。
そう思ったときの次の行動で人生に大きな違いが出てることに。
そこでこの記事では、「負けた…」と思ったときの2つの選択肢について書きます。
2分くらいで読めますし、まずはご一読を!
勝てないと思ったときにどうする?
興味がないことや努力してなかったときに誰かに負けたと思っても大して悔しくはありません。
けれども一生懸命に努力した結果で負けると涙が出そうなぐらい悔しいですし敗北感を感じると思います。
甲子園で高校球児が負けたときに泣きながら砂を持って帰るシーンがありますが、真剣に野球に打ち込んだからこそ涙が出るわけで、チャラチャラ野球をしていたら涙は出ないでしょう。
仕事やプライベートで打ち込んでいることでも負けを感じることがあると思います。
そういったときの反応は大きく分けて2つあります。
それは、「腐る」か「見習う」か。
「腐る」と、「あれだけ努力したのに…自分なんて才能がないんだ…」といった状態。
「見習う」と、「なるほど、あの点はすごく勉強になるから自分に取り入れよう」となります。
どう在りたいかが成長への架け橋
負けを感じた時に、自分自身がどう在(あ)りたいかが大事です。理想の自分ですね。
「腐る」というという反応をしているのは、自分を見るというよりも他人と比較している状態です。
他人より優れていれば喜んで、劣っていれば落ち込む。
周りと比べて結果が出ているときは成績も良いですが、自分より優れた人がいると急にパフォーマンスが落ちたりします。
自分が常に一番ということはあまりないので、他人と比較した結果、伸び悩みます。
けれども、どう在りたいかが明確であればどうでしょうか?
理想の自分と現在の自分との差を埋めることを意識していて、他人との比較では生きていません。
そのため、自分より優れている人がいれば、その人からエッセンスを学ぼうとします。
負けたと思ったり敗北感を感じることがあれば、その人から何か学べることがないか見習う姿勢があるわけですね。
負けの事実から、「腐る」のか「見習う」かが分岐点になります。
まとめ
この記事では次のことを書きました。
- 勝てないと思ったときの次の行動は「腐る」か「見習う」か。
- 「腐る」ときは他人と比較している。
- どう在りたいかがあれば、自分の成長のために相手を「見習う」ことができるので成長することができる。
一生懸命に取り組んでいるからこそ挫折するときがあると思います。
ただそこで腐ってしまうのはもったいない。
見習うべきことは見習って成長したいですよね。
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