書評(という名の感想)

【書評】「一投に賭ける」は世界に挑んだ試行錯誤の鬼の生き様

2018年10月10日

やり投げの日本記録保持者であり、ワールドクランプリ総合2位の溝口和洋さんのルポタージュです。

今では陸上競技をしている人以外では溝口さんの名前を知っている人も少ないのでは。

陸上の投擲(とうてき)だと室伏広治さんが有名かと思いますが、溝口さんは室伏のコーチをしていた方です。

1989年に投げた当時の世界新記録となる一投も、大会側の都合の関係で幻の一投になってしまいましたが、溝口さんのベストの87m60は今となっても30年近く破られていないやり投げの日本記録です。

180cmという世界で戦う選手の中では小柄な溝口さんが、どうして当時世界2位の成績を出せたのか。

天才であり、努力家であり、秀才であり、破天荒な溝口さん。

溝口さんの生き様と一つのことを極める姿勢が書かれた本です。

常識と言われていることは、「本当か?」と、必ず疑問に思う

誰かが言ったことや、陸上界で常識と言われていることは、「本当か?」と、必ず疑問に思うようにして、自分で実践して納得するまで取り入れなかった。その結果わかったことは、「常識として言われていることのほとんどはデタラメだ」ということだった。

ここが溝口さんの一番凄いところだと思います。

「常識」を分解して、実際に自分で試してみてから再構築するのですが、その徹底ぶりが凄い!

例えば、走り方の検証にしても、「前向きにではなく、後ろ向きで走ったほうが速いのではないか?」といって実際に後ろ向きで走って試しています。結果として、前向きに走ったほうが速いと納得して前向きに走ることを取り入れています。

前向きで走るほうが速い、そういった常識と思われるところにも疑問を持って実際に試すところが徹底されてます。

そうやって検証した中で、溝口さんが発見した新しい体の使い方。その結果として小柄であったにも関わらず世界2位の成績を出されています。

私たちの生活の中でも常識を疑うことで改善できるところが、きっとたくさんありそうです。

自分で考える力

「やり投げ選手にとって、必要な才能とは何か?」と記者の人から質問されたときに溝口さんが答えたのが、

スポーツ選手にも、考える感性やセンスといったものが必要になる。それは簡単にいえば、「自分で考える力」があるかどうか、その考える方向は合っているのか、ということだ。

溝口さんは常に試行錯誤を繰り返していました。

仮説を立てて、それを検証する。その結果、ワールドクランプリ総合2位まで上り詰めるのですが、溝口さんはその絶頂期の翌年から存在が消えてしまいます。

なぜかと言うと、肩を故障してしまったから。精密機械のように組み上げられた溝口さんの体でしたが、酷使しすぎた結果、一箇所が壊れると他の箇所に無理がいって故障箇所がどんどん増えていきました。

体がボロボロで従来の投げ方ができなくなってしまった溝口さん。87mを投げていたのに、62mほどしか投げられなくなってしまいます。

周囲の人も、「もう試合に出られないのに、今でも現役なみにトレーニングしてる。なんかもう、見てられない」といった状態。

溝口さんのすごいところは、壊れた体だったとしても、初めからトレーニングを見直してもう一度自分のやり投げを追求したということ。

その結果、肩を壊してから5年後の1995年の春に、静岡国際で80m46を投げて優勝しました。

まさに、常識を疑って、自分で考えて積み上げた結果ですね。

弱いからこそ気合に頼る

「気合で投げるしかない」と思ってやってきたのだが、気合で投げるというのは、逆に弱いからではないかと思うようになったのだ。
(中略)
つまり弱いからこそ、気合に頼る。気持ちに余裕がないのだ。

溝口さんの練習量は普通の選手の3倍程度。1日10時間以上練習されていたそうです。

膨大な練習量に裏付けられた地力。そして試合当日までの調整。

一投一投のベースにあるのは、当日その場で自分の実力以上のものを出そうとするのではなく、「日々の積み重ね」です。

私の目標も、いつも自己ベストを出すことにある

私の目標も、いつも自己ベストを出すことにある。WGPシリーズや世界大会での優勝は、あくまでそこから派生した結果でしかない。そして私のいう自己ベストとは、己の本当の意味での限界のことである。

誰かと勝負するというよりも、自分との戦いですね。

また、海外選手の中でも、ドーピングをして記録を伸ばそうとする風潮があるなか溝口さんは、

他人がドーピングしたとしても、私はそれをどうこう思わない。同じ世界記録を狙う選手として気持ちはわからないでもないし、向こうがその気なら、こっちはあくまでクリーンな体で闘うまでのことだ。人のせいにしても、やりのせいにしても、ドーピングのせいにもしたくない。

あくまで、勝負の相手は自分。

周囲を意識するあまり余計な力が入ってしまったり、甘えが出たりすることがあると思います。

ただ、大事なのは自分との勝負に勝っているかどうか。自分の自己ベストを更新できているかどうか。

私たちの生活の中でも活かせる考え方ですよね。

昨日より今日。今日より明日。自己ベストを更新できている毎日を過ごせているかどうか。

まとめ

やりを遠くに飛ばすことを極めようとした溝口さん。

彼の生き方には人の目を気にした無駄な装飾がなくて、自分の目標に向かって人一倍努力している愚直なまでのひたむきさがありました。

常識を疑い、自分の信じる道を歩む姿。

彼の生き方からは、やり投げに限らず、多くの人にとって見習うことが多いのではないかと思います。

自己ベストを更新する毎日ですね。

 

以上、書評でしたっ

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