お金は労働の対価ではない。報酬の捉え方。




学生の頃に多くの人がバイトをやってお金を稼ぐことを覚えたと思います。

バイトの多くは時給なので、一定の時間働けばそれに見合ったお給料が貰えますよね。

会社員になると月給になって、決められた日にお給料が貰えることに。

対価としてお金が貰えるわけですが、今回はお金は何の対価なのかを深掘りします。

時間の対価?

お給料としてお金を貰うことになりますが、それは何の対価として貰うことになるのでしょうか?

働いた「時間」の対価と考えることもできますが、イマイチ釈然としないですよね。

というのも、単純に時間の対価として捉えた場合、その人でなくてもいいわけですし、替えがきく労働力というわけです。

「あなた」でなくても時間を差し出してくれる人がいればオッケーなわけです。

それに、時間の対価だとするとレバレッジが効きません。

1時間、2時間、3時間…40時間。

働いた分だけ足し算で積み上がっていくので、計算できる範囲内でしか稼げないわけです。

対価を「時間」と捉えた場合、替えがきく労働であり、大きく稼ぐこともできないことになります。

あまりワクワクしませんよね。

努力の対価?

「これだけ頑張っているのに、これだけしか貰えないのか…」

自分の努力の対価としてお給料を貰うと、こんな感じでしょうか。

子供の頃にお手伝いをすると、親がお小遣いをくれるといった場合は、努力に対する対価というのもありますが、社会に出てからだとちょっと厳しそうです。

あの人は頑張っているからお給料をアップさせよう。

業績が上がっていないのに、みんなが努力しているからみんなの給料を上げると、会社が潰れてしまいそうです。

努力というのも違う気がします。

生み出した価値の大きさ

お金の対価が「時間」でもなければ「努力」でもないとするならば、他にはどういったものが考えられるでしょうか?

一番しっくりくるのが「自分が生み出した価値の大きさ」の対価として、給料であったり報酬を貰うというものです。

何か価値を生み出せばオッケーですし、時間をかけて努力しても価値を生み出せなければアウト。

つまりサービスを提供しても、顧客が喜んでいなければ無意味というわけです。

むしろ労働力という資源を浪費している分、損失として捉えることができます。

大事なのは、自分がどれだけの価値を生み出したかということです。

世の中であったりお客に価値を提供できたら報酬が貰えますし、その価値が大きければ大きいほどリターンも大きくなる。

すごくシンプルですね。

まとめ

今回はお金は何の対価なのかを深掘りしました。

バイトや会社員も、基本的に職場にいけば、決まった日にお給料がもらえます。

ただ、それを繰り返していてもあまり面白くないですよね。

それよりも「あなただからお願いしたい」といった自分にしか生み出せない価値を提供したほうが楽しそうです。

お給料や報酬の対価は、「時間」や「努力」ではなく「生み出した価値の大きさ」と考えると、仕事への取り組み方が変わってくるのではないでしょうか。

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